大田区★おひとりさま
受け継がれるこころ(一番鳥)
2010年5月27日 木曜日
「古典落語の日」の顔、林家錦平師匠。テーブル席が高座に早変わり。
「古典落語の日」の顔、林家錦平師匠。テーブル席が高座に早変わり。
 大田区中央の住宅街の真ん中にある「一番鳥」。毎月第二木曜日に林家錦平(きんぺい)師匠を招いて「古典落語の日」を設けているユニークな焼き鳥店だ。
 がらりと戸を開けると、炭火で焼かれた鳥の香りが食欲をそそる。焼き鳥1本110円から、「安くて美味しい」が魅力の「一番鳥」の創業は、1977(昭和52)年。先代・菅野寿夫さんは建築業を営んでいたが、オイルショックの影響を受け、事務所だった場所を改装。焼き鳥店の開業を決めた。2代目店主・菅野明さんが中学1年生の時の出来事だ。
 小学生の頃から料理が好きで、熱が出ても料理番組は欠かさず見ていたという菅野さん。高校在学中に調理師免許を取得し、卒業後は関西の飲食店へ修行に行く予定だったが、先代が病気で入院。菅野さんは高校に通いながら、仕入れの手伝いや、夜に店の調理を担当することもあった。先代の退院後も、菅野さんは片腕として店を任されることになった。
鮮度が自慢の「鳥刺し」(撮影=高橋弘樹)
鮮度が自慢の「鳥刺し」(撮影=高橋弘樹)
 華やかなりしバブルの時代には、大森本店の他に銀座と池上にも出店し、規模を拡大。色々と苦難もあったが、家族で支えあいながら、店を守り続けてきた。
 「父は『他人のために』ということをよく考えた人でした」と菅野さん。人付き合いを何よりも大事にし、お客さんのことを一番に考えていた先代の姿勢や仕事ぶりは、今でも菅野さんの目標だ。先代の頃の常連客は、今でも足しげく「一番鳥」に通ってくれるという。親に連れられて店に来ていた子どもが大人になってまた通ってくれる、三世代に渡っての交流もある。
 さらに「一番鳥」の歴史には、林家錦平師匠の存在が欠かせない。一番お客の少ない第2木曜日に催しを――先代のアイデアで、開店一周年記念に実施した「古典落語の会」。当時「林家うし平」の名で前座を務めていた錦平師匠は、以来31年間、ほぼ毎月欠かさず古典落語を披露し続けている。
 「集客できてこその落語会。この店の焼き鳥が安くて美味しくなければ、ここまで続かなかっただろう」と錦平師匠。「一番鳥」を挑戦の場として、毎回違う噺をしてきたという。
二代目店主・菅野明さん。先代の写真が見守る。
二代目店主・菅野明さん。先代の写真が見守る。
 「一番鳥」の名物は鳥刺し(¥650)。鮮度が自慢の逸品だ。「味をおとさずに。毎日鮮度のいいものを、自分の足で仕入れる」のが、菅野さんのルール。鳥は、平飼いされた鳥取の大山(だいせん)どりを使用。仕入れた日のものなら、レバーや砂肝は生でも美味しいと菅野さん。味やにおいが落ちてしまうと、冷凍されたものは絶対に使わないのは先代からのこだわりだ。
 その他メニューは鳥やき、レバー、つくね(軟骨入り)(各\210)などの定番はもちろん、野菜を国産豚バラ肉で巻いた、菅野さん考案のオクラ巻(\230)、えのき巻(\230)などバラエティに富む。ご飯の上に甘辛いそぼろとふわふわ半熟卵、そして、しし唐と紅しょうがの乗った三食弁当(\650)や、菅野さんが鎌倉へ趣味のサーフィンに出かけた日だけの特別メニュー、朝とれたばかりの生しらすご飯(\750)も人気だ。
 「今日は誰が来るかな、という楽しみがある」と菅野さん。その日の天気や寒暖を考え合わせてお通しを作ったり、その日に来るお客さんを想像してメニューを考えるという。「お客さんがいるから仕事ができる」という姿勢もまた、先代が菅野さんに残した財産といえよう。
 2009年に店内を改装したばかりで、もっと店を繁盛させたいという夢もある。しかし「当たり前のことを毎日やるだけ。真面目に、当たり前のものを出すだけ」と菅野さん。先代のこころ、常連客、錦平師匠の落語、そして菅野さんの手がける焼き鳥の味。「当たり前」の本質を受け継ぐこころが、「一番鳥」を支えている。
一番鳥
東京都大田区中央3-1-5
03-3772-9331
平日17:30-22:30L.O.
土日18:00-21:30L.O.
月1回不定休
古典落語の日
毎月第2木曜19:30から(予約制、木戸銭無料)
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