コラム「伸顕が斬る!」
東海バネ工業の言い値で売る商法 Part1
2013年1月 7日 月曜日
1.曲がらなかったスカイツリーのアンテナ
YUKI スーパーコイリングマシーン
YUKI スーパーコイリングマシーン
 2011年3月11日、最上部まで組み上がり、高さ600メートルを超えていたスカイツリーは、巨大な地震で揺れが増幅し、両側振幅で5メートルから6メートルとなったにもかかわらず耐え抜いた。それには基礎の構造がしっかりとしていたことは無論だが、アンテナ鉄塔の頂点に設置した制振装置の働きが重要であった。制振装置は12本のバネが40トンのウェイト(重り)を支える機構となっている。揺れが起こると、制振装置が逆に傾くことで揺れの効果を軽減する仕組みである。建築中であったが、この制振装置を取り付けていたことが地震の影響を抑えることに大いに役立ち、大震災に直面しながら、無事故、無欠損に終えることができた。これに使えるバネは強度や耐久性において抜群の性能が必要である。このバネを製作したのが、東海バネ工業株式会社である。ちなみに同じく地震に見舞われた東京タワーの先端アンテナは曲がってしまった。スカイツリーのアンテナは、東京タワーの2倍の長さである。
 このバネを製作するには、太さ約80mmの鋼材を真っ赤に熱し、スーパーコイリングマシーンでとぐろを巻くようにバネの形状に成形する。作業の近くにいるだけで熱風が吹いてくる。長さ120cmにコイルされ、重さにして1本で1トンにもなる。この作業を可能にするのが、1憶5千万円をかけて作った名称YUKIという特注のオリジナルマシーンである。
2.東海バネ工業の経営転換
講話する渡辺社長
講話する渡辺社長
 東海バネ工業株式会社のバネは、これまでも明石海峡大橋の免震装置に採用されているし、また、工作機械メーカーが製造するマシニングセンターを支える「皿バネ」は、国内ナンバーワンのシェアを誇っている。こうした特殊なバネ製作に特化した企業である。
 1934年に個人業として創業した。創業者は大正元年生まれで岐阜県出身だったため、大阪にあるにもかかわらず東海地域の名前にこだわり命名した。会社設立は10年後の1944年である。現在の社長である渡辺良機は、先代社長とは親戚筋に当たる。先代の身内が誰も事業を継ごうとしなかったため、渡辺の実家の親までが説得され、しぶしぶ入社したのは28歳になってからであった。73年のことである。「赤字を出していない」、「顧客は上場企業である」、「良い職人に恵まれている」。これが先代の提示したこの会社の利点であった。
 「赤字になっていないだけで、儲かってはいない」、「顧客は重厚長大企業で成長型ではない」、「熟練の職人はモチベーションが低く、他人の言うことは聞かない」。これが当時の渡辺の感想であった。職人のしごきに耐えながらどうにか会社を続けていた。ある日、業界の欧州視察旅行にたまたま渡辺が参加することとなった。そのとき訪問したドイツの企業で話を聴いてから、経営に対して姿勢を一変させることとなった。
 このとき立派な技術をもったドイツのバネ工場の経営者に、渡辺が「値引きを顧客から要求されたらどうする」と聞いたところ、「値引きに応じることはない」と断言されたのであった。それまで、少しの利益を足して値段を提示しても、相手の姿勢に屈する形で利益を切り下げてきた東海バネにとって衝撃的な発言であった。大量生産では値引きに応じざるを得ない。国内バネ生産の85%を占めるのは、自動車や電気の産業分野における大量生産である。これと決別することは大変な覚悟が必要であったが、技術を切り売りすることを止め、多品種微量生産に特化することを宣言した。以来、どのようなお客からの注文に応じてでも、平均生産ロット5個という手作りのバネ生産に打ち込んでいった。

*Part2 に続く
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