コラム「伸顕が斬る!」
葛巻町の挑戦 ―ミルクとワインとクリーンエネルギーの町おこし―
2010年9月22日 水曜日

財団法人大田区産業振興協会

専務理事 山田 伸顯

1.岩手県の山間地を訪ねて
風力発電の電光看板
風力発電の電光看板
 岩手県には、北上市のように工場誘致に成功し、県内のみならず東北地域内でも有数の工業集積を形成している町がある。しかし、今回紹介する葛巻町は、外部からの企業誘致を行わず、地場の第1次産業の資源を生かして地域活性化を進めてきた町として脚光を浴びている。
 私が葛巻町の存在を初めて知ったのは、新エネルギーの展示会で、プラント・機器開発の月島機械(株)が木質バイオマスによる発電施設を建設し、平成16年から運用を開始したというパネルを見たときであった。その後、葛巻町は環境保全に貢献するために、風力発電をはじめとするクリーンエネルギーを推進する町であることを学んだ。
日本列島改造で沸いていた1970年代に「新全国総合開発計画」が策定され、全国の各地域は工場誘致に奔走した。葛巻町は、工場を誘致するにも盛岡から車で2時間以上の山間地で、立地条件が悪く、温泉やゴルフ場、スキー場といった観光資源もなかった。木炭生産などの林業も、自由化に伴い安い外国産の木材輸入により衰退した。ないないづくしの地域だったので、自らの資源を活かした内発的発展の道を模索するしかなかったのだ。
 明治時代にホルスタイン種の乳牛が導入され、酪農を営む農家はあった。1975年に「北上山系開発事業」という畜産を基軸とした大規模生産団地の創設事業の指定を受けたことから、大規模な人工草地や農道が整備され、酪農が大きく発展した。この事業期間は1982年までの8年間であった。今日では、飼育している牛は、乳牛が約1万頭、肉牛が約1千頭の合計1万1千頭は人口(平成22年4月1日現在7,594人)より多い。
 1976年には公共牧場の管理と酪農経営の機能分担、後継者の育成などを目的として、社団法人葛巻町畜産開発公社(くずまき高原牧場)を設立した。この公社は市が出資した第三セクターであるが、黒字経営を続けている。ちなみに公社経営の責任者である専務理事が2代連続して葛巻町の町長となっている。事業内容は、全国の酪農家から仔牛を預かり、妊娠牛で返す乳牛雌哺育育成事業、搾乳と乳製品製造・販売、肉牛と羊の肥育、宿泊施設の運営、畜産バイオガスプラントによる発電など多様な分野にわたる。
 畜産と並ぶ重要な事業はワインの製造・販売である。これも同じく第三セクターである葛巻高原食品加工株式会社が行っている。
ワイナリー
ワイナリー
 現在の町長である鈴木重男氏が葛巻町の林業課に勤務していた25歳のとき、東京・国立市の農業科学化研究所に研修に出され、ぶどう栽培とワイン製造を学んだ。葛巻町の山ぶどうを生かしたワインを開発することが、当時の町長のねらいであった。
 苦難の末に製造には成功したが、ワインを飲む習慣がない町に広めることは容易でなく、まして他に販売するなど至難のことであった。最後に考えた方策は、酒屋に売りに行くのでなく、鈴木さん自身が葛巻ワインを注文して買いにいくという戦略であった。酒屋も客の注文には応じざるを得ないので、まとめて買い付けるうち他の顧客が買いにくるようになった。こうして名を広め、葛巻町自体にもワインを定着させることに成功した。はじめは酸味が強く不出来だったが、改良を重ねて今日では値ごろで味わいがあるワインとなった。平成11年度にはようやく利益を出せるようになり、5%の配当をしたうえ町に1千万円の寄付をすることができた。
2.クリーンエネルギー導入への取り組み
アットホームくずまきのペレットボイラー
アットホームくずまきのペレットボイラー
 このような自然の恵みによる地場産業振興に取り組んできた葛巻町に大きな問題が起こった。昭和63年頃、埼玉県の産業廃棄物処理業者が葛巻町に1ヘクタール弱の土地を取得し、産廃事業の許可を岩手県から取り付けて計画を推進しようとしたのである。産廃事業による補償や雇用で町が潤えばいいという意見もあった。それに対し、食品を売り物としている町のイメージダウンとなることを危惧し、産業廃棄物運搬反対規制同盟会が結成されて、繰り返し集会が持たれた。しかし、合法的な進出計画なので役場は排除する権能をもっていない。そこで「自然の豊かな町 葛巻町」という町のイメージアップを図ることで、産廃事業を断念させる作戦に出た。
 その具体的取り組みが、クリーンエネルギーの導入であった。
以前から葛巻町では、木の伐採の際の残りや、裁断加工で発生する樹皮やおがくずを粉砕し、乾燥・圧縮・成形した固形燃料である「ペレット」を燃料として利用してきた。木質バイオマスである。介護老人保健施設「アットホームくずまき」をはじめ、一般住宅や役場、宿泊施設ではペレットボイラーが導入され活躍している。
袖山高原の風力発電風車と乳牛
袖山高原の風力発電風車と乳牛
 さらに葛巻町には迷惑なほど年中風が吹いているので、これを活かせないかと考えた。専門家のアドバイスを受け、98年には第三セクター「エコ・ワールドくずまき風力発電株式会社」が発足した。同年7月町議会議員が風力発電の先進国デンマークを訪問し、風力発電施設やバイオガスプラントを視察した。葛巻町の動きは迅速で、建設用地検討、風のデータ調査、資金計画、発電機選定などの計画を次々に実行に移した。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助金申請も採択され、建設地として袖山高原を選定した。袖山高原には毎秒7メートルを超える風が一年を通して恒常的に吹き、北上山系開発事業によって牧場の道路も整備されており、送電線も設置されていた。風力発電にはこの3条件が必須である。まず3基の風車を建設することが議会の満場一致で承認された。
 99年6月に1基400キロワットの定格出力のデンマーク製風車が3基、袖山高原に建設され回り始めた。今では、牧場の牛が草を食んでいる風景と相まって、「新エネルギーの町葛巻」を象徴する景色となっている。一般町民の風力発電に対する関心は高まり、風車が止まっていると町役場に問い合わせが殺到するようになった。
 
上外川風力発電
上外川風力発電
 次に新たな風力発電の計画が持ち上がった。上外川という地区に25基の風車を建設する計画である。しかし、北上山系に生息するイヌワシの飛来を妨げ、風車に巻き込まれる危険性が指摘された。そこで、当初計画を変更し12本の風車とする代わりに、定格出力を1基1750キロワットとして総発電量を落とさないようにし21,000キロワットの出力を確保したのである。風車の回転部であるローターの直径は66mあり、回転軸を支え、発電機や増幅機などを収めているナセルというボックスの大きさは大型バスに匹敵するそうである。年間発電電力量は、約5,400万キロワットで一般家庭1万6千世帯分、葛巻町の年間消費電力量の約2倍に相当する。但し、現在の法律では、自家消費しない電力を他の家庭や企業に販売することが許されていないので、東北電力に売電する契約を結んでいる。視察者から葛巻町の人は電気代がかからないのかという質問を受けるが、現状ではそうはいかないのだ。
畜糞ガス貯蔵庫
畜糞ガス貯蔵庫
 風力発電の他にも、新エネルギーに対する取り組みが多様に行われている。中でも地域特有の課題解決につながる、畜糞バイオガス発電は特筆できる。
 牛から出される大量の糞尿の処理は町にとって頭痛の種である。堆肥として処理しきれない分を埋めたり野積みしたりすることが法的にも規制されている。そこで、生ごみと合わせてメタン発酵させ、バイオガスとして取り出しそれを発電に活かそうという取り組みに着手した。発電量は他に供給できるほどではないが、バイオガスプラントの動力として使える。発酵槽から排出される消化液は作物の生育に優れた液肥となり、草地に散布される。廃棄もできない厄介物をエネルギーとして活用するとともに、環境問題の解決にも寄与するアイデアである。
 この他、太陽光発電では、葛巻中学校の2000年改築に合わせ、50キロワットの発電システムを導入したり、介護老人保健施設「アットホームくずまき」でも20キロワットの太陽光パネルを設置したりしている。先に紹介したペレットによる木質バイオマスも含め、「葛巻町はクリーンエネルギーのショールーム」と称されている。
3.地域の姿勢に学ぶ
乳製品豊富な朝食
乳製品豊富な朝食
 葛巻町は町をあげて、このような新エネルギーに対する取り組みを積極的にPRしている。町の職員の方が視察・見学を受け入れ、丁寧に案内してくれたり、葛巻町畜産開発公社(くずまき高原牧場)では「ミルク&ワインフェア」や牧場体験などのイベントを年中開催したりして、町への集客を推進している。年間50万人が訪れる山間地は全国でも珍しい。
この夏宿泊したくずまき高原牧場の「くずまき交流館プラトー」で飲んだ、低温殺菌とノンホモジナイズト(均質化処理をしない)の新鮮牛乳の濃厚な味わいはこれまで体験したことがないおいしさであった。各種チーズなど乳製品を主力とした朝食も充実していた。それからもう一つの味わい処は、「森のそばや」である。町の職員であった高家(こうけ)さんご夫婦が、農家の主婦を集めて手打ちそばの店を開いた。「高家領水車」という共同水車を使って打つそばは、機械式では熱が加わり風味が飛んでしまうのに対して、本来の味と香りがして人気を呼び、盛岡から車で2時間以上かけて食べに寄る客が後を絶たない。
葛巻町は、都会的なものからは隔絶され、産業的には発展から取り残された地域として見なされていた。しかし、地場の資源を内発的に発展させる道を選ぶことで就業の場を確保し、さらに未来に向けた自然再生エネルギーに着目し、先駆的に導入の取り組みを続けてきた。このことにより今では、最先端のエネルギー革命を推進する地域として、時代のパイオニアとなった。
ポスター掲示板の牛舎
ポスター掲示板の牛舎
 けれども、地域の変革は一朝一夕に成し遂げられたわけではない。第三セクターに出向した職員は、徹底的に民間の経営感覚を叩きこまれた。ぎりぎりの採算性を追求しなければならず、牛舎の壁代わりに選挙ポスターの掲示板を再利用したりもした。乳牛は寒さに強いのでこれで十分と判断したのだ。資金もないところからスタートしなければならなかった公社の創業期をはじめ、これまでの苦難は想像を絶するものがあり、それを町の住民と職員が労苦を共有して切り開いてきた歴史の積み上げがあることを、現地を訪問して深く感じることができた。
 地域の可能性は、その土地を愛しそこに拠って立つものが、共同して危機を乗り越えることで開花することができるのだ。産業のグローバル化の渦中にあって、円高による不利な競争に苦闘する大田区の地域産業の将来像に思いを馳せながらの旅となった。

(参考資料:「株式会社『岩手県葛巻町』の挑戦」(亀地 宏 2006年10月 秀作社出版)、「ワインとミルクで地域おこし」(鈴木 重男 2001年9月 創森社)、「風をつかんだ町」(前田典秀 2006年12月 風雪舎))
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