コラム「伸顕が斬る!」
儲かる町工場経営に学ぶ Part1.
2010年4月22日 木曜日

財団法人大田区産業振興協会

専務理事 山田 伸顯

企画広報チーム主任 小杉 聡史

 38年間経常利益率(売上高に対する経常利益の割合)が35%以上を続けた企業がある。
その会社は、株式会社エーワン精密というコレットチャック(工作機械に加工物を取り付け固定する工具)において国内シェア60%を誇るモノづくり企業である。年商は、20年6月期決算で21億8千6百万円、経常利益8億2千2百万円であった。リーマンショック後はさすがに売り上げが下がり、21年6月決算では売上高が14億8千3百万円、経常利益3億4千5百万円に落ち込んだ。それでもこのような時期に、経常利益率22%を確保したというから見事と言うしかない。
1.波乱に満ちた半生
創業当時からの自動旋盤
創業当時からの自動旋盤
 同社を創業し、現在相談役となっている梅原勝彦氏の半生は波乱に満ちている。戦後まもなく父親が経営していた町工場が倒産し、一家離散となった。梅原氏がまだ小学校2年の時である。親戚の家を転々とし、中学には上がらずに、親類のネジ工場で働き始めた。その後中堅の工場に就職し、ロクロ(旧式の旋盤)職人として技術を磨き、20歳の時には、いっぱしの旋盤工となっていた。しかし、その頃出会った「小型自動旋盤」に衝撃を受けた。カムという工具が刃を自動的に制御する仕組みとなっているため、誰でも同じ品質の製品を作り出すことができるのだ。カムの取り扱いを習得して、いつか事業化を思い描くようになった。

 独立を決意したのは、新婚旅行から帰った直後であった。初めは仕事が取れず苦労したが、まもなく市場開拓に成功した。しかし、ここで再度の衝撃を受けることとなる。高精度のカムを製造する「NCカム研削盤」が開発されたことを知ったのだ。
 当時の月商が150万円に対し、NC機は1台2千万円もした。どうしても導入したい梅原氏と共同経営者である堅実路線の兄とは意見が折り合わず、梅原氏は袂をわかって別会社を設立した。1970年エーワン精密の創設である。
 自分ひとりで設備導入を決断できるようになっても、資金調達という大きな問題が立ちはだかった。そこで、NC機械を購入する前に、現在本社となっている府中に用地と工場を取得するという決断をした。精密機械がトラブルなく稼動できる環境を整えるためと、金融機関に志をアピールする狙いがあったからである。ほとんどの銀行が尻込みする中、一行だけが融資に踏み切ってくれた。こうしてシチズン時計製のNCカム研削盤が導入できたのである。
 このときの経験から、梅原氏は志の高さこそが最も重要であると悟った。志が人の心を動かせばお金は集まってくるものだ。
2.ナンバーワン企業の次なる展開
山梨工場の概観
山梨工場の概観
 この設備導入を機に、破竹の勢いでエーワン精密の売上が増大していった。自動小型旋盤用カムの分野においては高いシェアを確保することができた。しかし、ここで安住しているような梅原氏ではなかった。そのうち、自動小型旋盤そのものがカム式からNC機に取って代わられることは明らかだと察知し、それに不可欠な部品を作ることにシフトする必要を感じ取った。そこで考え出したのがコレットチャックだったのだ。
 しかし、これは同社にとって初めて製造に着手する部品であり、先発メーカーに伍して市場を拡大することは大きなリスクを伴うことであった。それでも怯むことなく挑戦した。誰でも最初は素人なのだ。素人だから固定観念にとらわれず、新しい発想ができるのはかえって強みと言える。こうしてコレットチャックでも国内トップのシェアを獲得し、海外からも多くの注文を受ける企業に成長した。

 常に先を読んで行動するというのが梅原流である。山梨県韮崎市にある工場の敷地は5千坪もあり、現在でも十分ゆとりのある用地であるが、これを確保したときは社員が4,5人しかいなかった時代である。いずれ業界のトップになると決意していたからだ。また、絶頂期に次の手を打つという姿勢を貫いている。いかに強い製品でもライフサイクルがあり、会社が挑戦心を失えば30年の寿命で終わる。好調なときに将来の種を育てることが生き延びるためには不可欠だという認識である。
 そこで次の展開に踏み出した。切削工具の再研磨という業務である。切削工具の製造には先行の大手企業がひしめいている。この分野では太刀打ちできない。再研磨であればトップを取れる勝算がある。新規事業を手がけることで、創業当初のハングリー精神を呼び起こす狙いもある。
 この不況期こそ投資のチャンスと見て、敷地内に新工場を建築した。この時期は建築費が低く抑えられるからだ。ピッカピカの工場の床は、同社の次なる発展の受け皿を象徴している。
※次回に続く(明日アップ予定)
前の記事 すべての世代が労働による社会参加できるために
儲かる町工場経営に学ぶ Part2. 次の記事